“赤面を怖れてますますひどく・・・”
A男、初診時三十五歳の某官庁の課長補佐
発病は中学三年。
もともと活発で社交的だったせいで、当時みんなから推されて生徒会会長として活躍した。
ある会議の時、声のきれいな女生徒が発言した。
この時患者はどきんとして、顔色がおかしくなるような気がした。
他の生徒たちにその子が好きなのだと疑われやしまいかと思って、冷静さを保とうとしたが、余計に赤面した。
それ以来赤面恐怖となり、生徒会が怖ろしくなった。
なんとか自分で対人恐怖症を克服しようと努めてみたが、症状は悪化するばかりで、高一の頃から、赤面というより、むしろ人前で顔が青くなり表情がこわばるのを恐れるようになった。
そうこうするうちに他人の視線がひどく意識されるようになり、道を歩いていても顔をあげて前を見ることができなくなった。
自分が見ると先生が赤面して顔をこわばらせるので、悪いことをしているようで授業中まともに黒板が見られず、学業成績も低下した。
どこに行っても他人の視線が意識され、本屋では万引きだと疑われているように思えた。
大学進学、就職と経歴面では順調に進んでいったが、症状は消長はありながらも、基本的には同じ状態が続いた。
精神安定剤をつかって、なんとか気持ちを支えてきたが、薬局から薬が入手できなくなったので服薬をやめたら、対人恐怖症の症状はひどく悪化した。
ついに自分はジェーキル博士とハイド氏になった、と愕然とした。
来院時には、赤面恐怖や顔が青くなる蒼面恐怖はなく、顔がこわばる表情恐怖と、自分や他人の視線怖れる視線恐怖が主訴であった。
対人恐怖症は治療によって現在はほとんど治癒の状態といってよく、同期の中でも出世は速く、局長として活躍している。
大勢の人を前に訓示をする際には最初緊張を感じるが、今はあまりこだわらないでいられるようになっている。
※参考文献:対人恐怖 内沼幸雄著