どのような病気にも好発年齢というものがあるが、とくに精神的な病いは精神身体的発達と深く関連しているものが多く、したがって好発年齢は、精神病理学的構造を知るうえの大切な手掛かりになる。

対人恐怖症が発症しやすい年齢は、中学・高校の年代に集中している。

ついで、やや多いのが大学時代に相当する年齢である。

その後の年齢で発症するのは、ごく少数である。

一番早期の発症は、幼稚園時代というのが1例あるがこれはむしろ例外で、たいていは早くても小学校の高学年頃からである。

要するに、一番の好発年齢は、青年期の初期(13~15歳)、中期(16~18歳)と言われる時期である。

この時期は、人生における一つの危機である。

性の発達をはじめとして身体面の急激な変化が現われるとともに、社会的には大人の世界に入る準備が要求され、乳幼児期に家庭の中で形成された人格が、あらためて社会の場において試練にさらされる。

エリクソンが述べているように、「青年の心は本質的にモラトリアムの心理である。
児童期と成年期の中間にあり、子供として学んだ道徳と大人によって発展されるべき倫理の中間にある心理社会的段階である」。

彼がこの時期を「同一性対役割の混乱」として特徴づけているように、この過渡的段階においては、これまでたとえ近所や学校の仲間との交際があるにせよ、基本的には家庭と密着して形成されてきた各種の同一化が自我同一性の確立という大きな課題に直面し、社会的役割の混乱に陥りやすくなる。

この時期の青年は、なによりもまず性的および社会的な自己像の新たな模索を強いられ、その試行錯誤の迷いから孤独に目覚め、自己の内面へと沈潜してゆく一方、「最終的同一性の保護者として、不変の偶像や理想をいつでも喜んで受け入れようとする」。

このように自己と他者との間に振り回されて新たな自己像の獲得が要求される青年期に、対人的な困惑を基本特徴とする対人恐怖症が好発するのは、なんら不思議ではない。

【S院における対人恐怖症】

表は、対人恐怖症や吃音の治療を専門的に行っている正生学院での調査結果である。

一般に、対人恐怖症者は、発症してもただちに治療を求めてくることはきわめて稀で、ほとんどの対人恐怖症患者は、数年間ひとりで悩み、みずから克服しようと努力した末にどうにもならなくなってから治療を求めてくるのが普通である。

その結果、統計的には青年期の後期にピークがみられている。

この表から容易にみてとれるように、対人恐怖症は三十歳を越えると急速に減少してゆく。

すでに述べた京都大学入学生を対象とした調査で、多少とも対人恐怖症的傾向を示す青年がきわめて多いことが示されているが、しかしその大部分は、なんらの治療を受けることもなく、成長とともに自然に克服されていっている。

それと同じように、治療の対象となる対人恐怖症も、人格の成熟とともに、自然に治癒してゆくことを、この表は示していると言えるであろう。

しかし、それにしても永すぎた春である。

思春期から三十歳、ときには五十歳代まで青年期心性特有の悩みに振り回される者が少なくない、ということにもなる。

実際には、永すぎた春といっても、そのあとに実り豊かな収穫の時期が訪れてくるのが普通である。

事実、対人恐怖症を克服した後、社会的に優れた活動性を発揮する人は少なくない。

天分豊かな人達がいつまでも純粋な若者の心を保ちつづけていることと、それはどこかで通ずるものであろう。

夏目漱石も、さらにまた三島由紀夫、ルソー、ニーチェなどの天才も、対人恐怖的心性の持ち主であったのである。

そういう意味でも、対人恐怖症は他の神経症類型とくらべて豊かな発展性をはらんだ興味深い病(苦悩)といえる。

この点は、これから述べる精神病理学的構造を知れば、よく理解していただけることと思う。

けれどもその反面、長い苦悩によって人格の歪みを残す例も散見される。

その意味でも治療的関与の必要性は言うまでもない。

表で、もう一つ注目されるのは、男女差である。

この問題についてはいくつかの研究が出されているが、すべて女性よりも男性に対人恐怖症が有意の差で多いという点では一致している。

この点に関連してさらに注目されるのは、時代とともに男女比が少なくなっていることである。

同じ正生学院で行った加藤正明の調査によると、1953年から55年では、男女比が79.7対20.3、1962年では70対30となっており、先の表の1972年の斉藤高雅の調査では、さらに女性の占める比率が増加している。

同じ傾向がその他の調査でも示されている。

むろん各種の要因がはたらくために、これらの調査を鵜呑みにはできないが、しかし、これらの調査結果は、対人恐怖症の精神病理と社会的文化的な変化からいって十分予想されることでもあり、注目に値する。

日本国内における地域差に関しては、いまだ組織的研究はなされていない。

北は北海道から南は九州にいたる各地より研究発表がなされているところをみると、大きな差はなさそうである。

対人恐怖症では、とくに森田療法を受ける者が多いが、森田療法を専門とする鈴木知準の報告でも、その出身地は日本各地に広く分布している。

※参考文献:対人恐怖の心理 内沼幸雄著