ことし、大学を卒業し、中学校教諭の採用試験を受けて教師になりました。

はじめての授業のとき十分に下調べをして臨んだつもりでしたが、不安感がつのり、だいぶあがっているなと自分でも気がつくくらいで、なかなか緊張がとけません。

そんな私に対して、一人の生徒がじっと目を向けているのに気がつきました。

はじめは熱心な生徒だ、ぐらいにしか思わなかったのですが、授業を続けているうちに必要以上に凝視しているような気がしだしたのです。

その目つきがどうしても気になる、と思っているうちにだんだん胸苦しささえ覚えるようになってきて、その胸苦しさを他の生徒が気付いたのではないか、と思ったとたんに顔がパッと赤くなってしまいました。

赤くなるまいと思うと、全身が汗ばんできて、さらに赤くなってしまうのです。

膝までガタガタとふるえだし、それでもどうにか必死の思いで授業をすませ教室を出ました。

するとそこに校長が立っていて、呼び止められました。

「初めてだというので、少し教室の外から授業を見させてもらったけれど、ずいぶん落ち着いていましたね」といわれました。

そのときに、「校長は私が赤くなったのを慰めてくれたのだ」と思うのと同時に、「みんな、私が赤くなるのに気がついている」とも確信したのです。

それ以来、顔が赤くなることに不安を感じ、教壇に立つのを恐れるようになりました。

そして、学校にも行けなくなって、自宅にこもるようになってしまったのです。

校長や他の先生方は「大丈夫だよ」とは、言ってくれるのですが、いまでは、人と会うだけで顔が赤くなるような気がして、友人や知人に会うことは、ほとんどなくなってしまいました。


赤面恐怖症は強迫神経症の好例です。

相談者は赤くなり、生徒に変だと思われているにちがいないと考えていますが、実際のところ、生徒はたいへん楽しく授業を受けていたのかもしれません。

にもかかわらず、この人は赤くなることは異常だと感じ、不安と恐怖を心にかかえ込んでしまったのです。

そのために「そんな異常状態を他人に見透かされるのが嫌だ」とか、「こんな人間は人に嫌われるに違いない」と勝手に思い込み、他人との接触を絶とうとしたのです。

考えてみれば人前で顔が赤くなるのは、なんの不思議もない現象です。

恥ずかしい思いをしたり、緊張する場面に出くわせば、誰だって顔ぐらい赤くなるでしょう。

しかし、問題はそればかりを気にするかしないかです。

私達の毎日の生活をみてみれば、同様なことは数限りなくあります。

他人の目が気になる、人と会っていても、なんとなく視線が合わせられない。

電車や飛行機に乗れば脱線するんじゃないか、落ちるんじゃないかなどと、不安感をもつ。

私達は、このような中でも、ふつうに生活を営んでいるわけです。

ところが、問題となるタイプの人達は、自分の目つきが気になると、電車のなかでも映画館のなかでも、人にじろじろ見られているように思って怖くなり、しだいに人の集まるところへ行かないようになってしまいます。

極端になると、電車の隣の席の人がふいに立ち上がると、まるで、自分の視線が変なためだと思い込むまでになり、ついには部屋にこもりきりという異常状態にまで陥るのです。

また、電車に乗っていても、スピードが上がるとともに、ブレーキが故障しカーブで脱線するのではないかなどと、不安でしかたがなくなり、その不安は「ゴーッ」という音とともにますます増幅して、おちおち席に座っていられなくなります。

やがては怖くて電車に乗れない、ひいては会社や学校にも行けないという状態を招くのです。

病院に一人の大学生がやってきて、満員電車に乗ると、女の人のお尻を触るんじゃないか、触ったらどうしよう、痴漢だと思われているのではないか、という思いにとらわれて、電車に乗れないというのです。

街中であれ、電車の中であれ、魅力的な女性が目につけば、その人のヌードを連想したり、触れたくなるのは、世の男性ならごく当たり前でしょう。

もちろん、それを実行すれば痴漢になるのですが、実行に及ぶのと想像することとは違います。

相談に来たその学生の注意は、連想することがいけないという一点に集中されていたのです。