近くの総合病院の精神科に通っていますが、森田療法以外にはどのような治療法があるのですか。


森田療法が世界的に注目されるようになったのは、べつに不思議ではありません。

現実に治療効果があり、しかも科学的な裏付けがあるのですから、当然といえば当然のことでしょう。

けれども、現在、森田療法が急速に広がり出したというのには、やはりそれなりの背景があることも事実です。

それにはまず、フロイトに始まる精神分析療法が、非常に多額のお金が必要とすること、治療期間が長期にわたることで反省がなされている点があげられます。

アメリカの場合をみてみますと、日本と違って、ストレスがたまると多くの人が気軽に精神科の医者を訪れて、「面接治療」を受けます。

悩みがあると、すぐ医者の所に行き、それを話します。

医者はアドバイスを与え、場合によっては精神分析を行い、病気の原因を自覚させて治療をします。

これが面接療法で、それなりに効果を上げているようです。

ほとんどの人は、医者に話しをするだけで心の安心を得ますし、話をしながら、医者のアドバイスで、これまで気がつかなかった部分に光を当てられ、新しい生き方を発見するケースもあるからです。

また、面接によって神経質症以外の病因を発見することもあり、アメリカのように精神科医の多い国は恵まれていると言えましょう。

このあたりは日本とは相当違うわけで、日本ではたとえ「心の病」に悩んでも、なかなか精神科医のところへは行きません。

程度の多少は別にして、そういう「心の病」に悩んでいる事実を知られること自体を、恥だ、嫌なことだと思う風潮が依然として強いといえましょう。

アメリカでは、自分のかかりつけの精神科医をもつことが、一つのステイタスシンボルともなっているのです。

精神医学的治療法の一つとして、分析療法が効果的なのは否定できません。

フロイトは、人生の初期に起こった苦しい出来事や心の傷は無意識の世界に抑圧されていて、それが成長してもなお処理できないがために神経症が起こってくると考えました。

これを自由連想法によって意識化し、抑圧を取り除くことによって、症状を除去することができると考えたのです。

たしかにヒステリーや精神神経症には分析療法は効果的です。

しかし、森田博士のいう神経質症は、分析療法で治るとは限りません。

たとえば、ある19歳になる女子大学生のケースですが、かなりひどい赤面恐怖症にかかって、人前に出ることができなくなっていました。

分析療法で、その原因が中学三年生のときに電車のなかで痴漢にあい、思わず悲鳴をあげて、みんなに見られた経験があるということがわかりました。

ところが、分析療法で原因をつきとめることができても、彼女の赤面恐怖症はいっこうに治らないのです。

医者と対面して話をしているときは、いちおう納得し落ち着くのですが、一歩外に出るとまったく前と同じ状態になってしまうのです。

この女性に森田療法を施すと、三週間ばかりでほぼ平常な状態を取り戻すことができました。

不安がありながらも人前に出られるようになったのです。

西洋的な考え方からいけば、分析を行い、原因を取り除いてしまわないと、治療が終わったことにはなりません。

しかしこの女性は、まず不安はともなっても目的が果たせるようになり、さらにしばらくして症状の苦痛もほとんど感じなくなったのです。

これは彼女の症状が心の深層から出ている精神神経症ではなくて、神経質症だったからです。

このようなケースはヨーロッパやアメリカにも多く、過去の心の傷をさぐることなく、今を重んじて実生活のなかから心を治していこうとする森田療法的な発想が注目されてきたのです。

精神分析法が出たところで、他の治療法についても、少し目を向けてお話しすることにしましょう。

神経症治療については、かなり古くからいろいろな方法が考えられ、実行されてきました。

古い話では、スペインに滅ぼされた南米のインカ帝国で、頭蓋骨に穴をあける治療法があったと伝えられています。

これが神経症の治療に使われたものかどうかはわかりませんが、「心の病気」(気質的なものも含めて)の治療の一つだったのではないかという説が有力で、そんな昔から、どうすれば心の健康が保てるかが真剣に考えられていたことがわかります。

もっともインカの場合は、さらに呪術的な要素もあったでしょうが、近代的な理論を使った心の健康法も数多く提唱されております。

その後、中世の宗教による治療、19世紀になってメスメルによる催眠的な療法、さらに精神分析療法があり、ついで性のみに問題を置く分析の考え方を排して、ホーナイ、フロム、サリバンなどの新分析学派が台頭し、いまではさらに行動療法、ロゴテラピー、交流分析、ヨーガを使った精神療法など、百科繚乱の感があります。

もちろん、これらの療法はどれがよくてどれが悪いということではなく、それぞれの症状に適した治療法が選択されることが必要です。

しかし、日本人には特に神経質症の人が多いので、森田療法が活用される機会もそれだけ多いといえます。

※参考文献:森田療法入門 長谷川和夫著