従来の治療法は、本症が神経の衰弱に基づくものであるという考えから、神経系統の安静と快復をはかるという意味で、休養、鎮静剤、強壮剤等が用いられたのである。

かかる療法がほとんど効果をあげ得なかったのは、本症の成因から見ても当然のことである。

物質的治療が効を奏しないので、次第に精神療法が重視されるようになったのであるが、その精神療法も不徹底であり、あるいは非科学的なものが多く、実際の役に立つものがほとんどなかったのである。

しかるに森田正馬教授は新しい精神療法を創案して、治療不能と思われた強迫観念に対しても画期的な効果を上げることに成功し、その後多数の追試者を出し、森田療法がわが国において世界に誇るに足る新しい創見であることが、学界に認められるようになったのである。

治療の根本原理は、苦痛煩悶はそのあるがままに、これに直面没入させ、これを逃れようとか、克服しようとか、紛らわせようとかの一切の抵抗的心理を去って、事実服従の体験によって気分本位を脱却させ、同時に精神交互作用を遮断し、一方作業によって注意の外向化をはかり、即物的態度を馴致させるとともに積極的活動の自信を知らず知らずのうちに体得させるのである。

そしてかかる過程はたんなる説得によって実現されるものではなく、患者を一定の環境において、適当な条件を与えることによって、患者の心境がこの条件に応じて自ら変化するような組織の下に行われるのである。

その間患者に日記を記載させ、その精神的変化に応じて言語的にも指導するのであるが、積極的になれとか気を大きく持てとか、外向的になれとかの抽象的指導ではなく、できるだけ具体的に、実際に適する生活指導を行うのである。

この組織は四期からなり、各期において特有の心理的変化が行われる。

第一期は四日ないし七日間の絶対臥じょくで、この間対人恐怖症患者に読書、談話、書字等一切を禁じ、ただただ苦痛煩悶のままに放置する。

患者ははじめ一両日の間は治療を受けるという安易な心持ちであるが、次第に種々の想念が雲の如く湧き、煩悶苦痛はかえって倍加することもある。

しかるにこれに抵抗せず苦悩のままに放置する時は、感情の法則に従って時と共に苦痛は次第に消え、五、六日頃は無聊退屈感が起こり、耐えがたい活動欲が起こり、起床を渇望するに致る。

この時期に起床軽作業、すなわち第二期に移る。

起床して患者は一時気分の爽快を覚える。

彼等は臥じょく中外界の刺激に飢えていたから、外界は今新しい魅力をもつのである。

患者はしばらく気分よく働くが、数日のうちに反動的に不快を感じしばしば退院を希望することがある。

しかし快を快とし、不快を不快とし、気分のいかんにかかわらず仕事を続ける習慣を養いつつ一、ニ週間後、重い作業に移行させ、ますます持久忍耐力を養成するとともに、気分のいかんにかかわらず、充分に作業し得ることを体得させる。

この期になれば外向的態度も次第に固定するので、一、二週間後複雑な実際生活に入らせる。

この期には外界の複雑な変化にも順応するようにし、これが退院後の実際生活への準備ともなるのである。

治療に要する日数は、患者の人格、理解の程度、症状の軽重に従って一定しないが、早いものは二週間にして全治の状態に入り、なかには入院によらず、一回の診察によって著しく軽快するものもあり、われわれの著書を読んだだけで治癒する人もあり、また外来日誌による指導でも奏効するものがある。

しかし最も徹底的なのは、入院治療によるもので、多くは四十日内外で治癒するものである。

※参考文献:対人恐怖の治し方 森田正馬著