神経衰弱という言葉ほど濫用されている学術語は少ない。

この点では一般の人々も非専門医も五十歩百歩である。

神経衰弱が昂じて精神病になったとかいわれているが、神経衰弱は精神病とははじめから別のもので、神経衰弱はいくら昂じてもやはり神経衰弱であるし、精神分裂病などは本質的に異なったものである。

従来学者が神経衰弱として分類したものをよく調べてみると、別にこれは神経の衰弱と関係のないもので、精神的条件からくるものだということが明らかになった。

このことは欧米の学者も次第に気がついてはきたが、このことをいち早く徹底的に究めて、神経衰弱なる病名を放逐したのは森田正馬博士の大きな功績である。

いわゆる神経衰弱患者をいくら休養さしても、鎮静剤を与えても治らないのは、本症が元来神経が疲労しているとか衰弱しているとかいうものではないからである。

かえってどしどし仕事をすることで症状が良くなるものが多く、また患者達も種々の症状を訴えて悩むけれども、やれば普通人あるいはそれ以上に仕事もできるので、これらの点から見てもいわゆる神経衰弱症は、神経の衰弱とは関係はないことがわかるのである。

それで森田博士は神経衰弱という病名を廃した代わりに神経質という言葉を用いた。

そうして本症の原因を明らかにして、従来の治療法と全く異なる療法を発見して世界に誇るに足る画期的な業績を挙げたのである。

近年精神医学の方面でも治療法は相当の進歩を遂げ、種々の精神安定剤をはじめとする向精神薬も開発され、その数も莫大なものであり、ある種の精神障害に効果をあげるものもあるが、しかし、種々の神経症、ことに最も数の多い神経質症状に対してはこれらの薬剤もほとんど効果が期待されず、また精神分析療法その他の精神療法もその実効の点になると甚だ頼りない。

森田正馬博士が神経質症の新しい治療法を始めてから数十年になるが、現在に至ってこれに代わり得るものがなく、その価値はいよいよ光を増しつつある。

ただ服薬注射というような物質治療でなく、精神的指導が主であるので、一般の医家は敬遠しがちであるのはまことに遺憾のことである。

※参考文献:対人恐怖の治し方 森田正馬著