独り角力に過ぎない

対人恐怖症(自己臭恐怖症)の克服日記六月二十六日・・・電車が、呉服橋のところに来た時に、A氏が歩いているのが見えた。

私は、フトこの機会に、A氏に打ち明けようと決心した。

私は電車から飛び下りて、A氏に挨拶した。

そして直ちに打ち明け、毎日必ずや、自分の悪臭のために、開口していられるだろうことを謝罪した。

ところが、A氏は、先生がおっしゃったように「君そんなことを心配していたんですか。
決して臭いなんかわかりませんよ。

君が昨年、手術する前にだって、ほとんどわからなかったくらいです。

そんなことを心配することはありません」という返事であった。

私は、実に嬉しかった。

しかし私はすぐに思った。

A氏は一体に、口から出まかせを言う人であるようだ。

今の場合、私が大真面目で打ち明けたので、驚いて、ああいう返事をしたのではあるまいか。

しかしとにかく、A氏が非常に閉口しているのでないらしいことは、明瞭になった。

・・・帰路は、A氏と二人きりになる。

A氏は「朝のことは決して気に掛けなさんな。

私は何とも思ってはいないのだから。

悪い悪いと思っているのは、君のヒガミなんだ。

たとえどうだっても平気でいたまえ。

人間は少し図々しくなければ、世の中は渡れないからね」といった。

私は全く有難く思った。

これで、A氏の私に対する感じがかなり明瞭にわかった。

たとえ臭いがしても、A氏は我慢していてくれるに相違ない。

誠にすまないが、許してもらうことにする。

※参考文献:対人恐怖の治し方 森田正馬著