地金をさらけて

対人恐怖症(自己臭恐怖症)の克服日記六月七日:・・・昨日、先生のいわれたように、私は、地金のままに、自分を見てもらえればよいと思うから、電車の中で、人が来ても、自分から位置を変えなかった。

しかしじぶんが考えるほど人が嫌がっていないような気もする。

・・・今日は、A氏はすでに来ていた。

自分は今更A氏に良く思われたい、などという考えはないつもりだけれども、それでも、自分の席に座る気になれない。

例の通り、時間の来るまで、何かとしている。

時間が来てからは、とにかく、何と思われようが、それは勝手だというふうに考えているので、割に気持ちが楽だった。

・・・午後には、相変わらず、氏の態度のために、非常に苦しんだ。

これは一つには、午後になって、非常に蒸し暑くなってきたのにもよるのである。・・・

対人恐怖症(自己臭恐怖症)の克服日記六月十日・・・今日は、起きた時から、何となく悪いことの起こりそうな予感があった。

・・・A氏の態度は、昨日と変わって、非常にひどい。

馬鹿にしきっているようである。

用事があっても、口もきかない。

書類が到着すると、一言もいわずに、私の机の上に放り出す。

隣の人と何かいっては、私の方を見て目で笑う。

私は、何だ今に見ろという気になる。・・・

対人恐怖症(自己臭恐怖症)の克服日記六月十一日・・・自分には腋臭がある。

いかに嫌がられても、それは仕方がない。

嫌がる人に対しては、誠に相済まないわけではあるが、自分としては、まずご免蒙って、生活していかなければならない。

もしそうでなければ、自分は、生活していけないのである。・・・

電車や会社等で、自分は、嫌がられると決めてかかるから、本当にあるよりも、臭気を十倍もひどくする。

もし自分が無関心でいれば、ほとんど臭いのないものであるということは、自分にも信じられる。

で、私は、自分の腋臭に対して、無関心になりたくてたまらぬけれども、朝起きるから晩寝るまで、少しもこれを忘れている暇がない。

今日は、姉と子ども達とともに、博覧会に行った。

途中で、姉の知り合いの細君にあった。

紹介されて、非常に恐縮してしまった。

こういう時には、心がワクワクして、身体が熱くなってパッと汗が出る。

どうしてよいか、全く考えがでなくなってしまう。

・・・一緒に、電車に乗った。

私は、風下の方に行った。

勇気を出して、初体面の夫人には、私はこの通り腋臭がございますと打ち明ける代わりに、並んで立ちたいと考えたけれども、私には、それができなかった。・・・

散髪に行く。

平常は、非常に苦にしたが、どうせ散髪屋は、俺の腋臭のことを知っているんだから、今更よく思われることもない。

まずご免蒙ると思って、腰をおろしたら、ほとんど平気でいられた。

不思議に今日は、できがよい。

これから、ずっとこの調子であってくれるとよい。・・・

対人恐怖症(自己臭恐怖症)の克服日記六月十二日・・・空いた電車であったので、腰をおろした。

直ちに、乗客が一杯になった。

非常に暑い。

おまけに、隣席の人が盛んに気にして、妙な素振りをするので、非常に困ってしまった。

ああ、立っていればよかったと思った。

会社に出てからも、血がおどっているようで、非常に汗が出るのを覚えた。

昨日考えたようなご免蒙っていようというような心持ちは、起こり得ない。

できの悪い日だ。

五時に帰宅して、A氏の宅を訪問して、自分の苦労を打ち明けようと思い、食事後、直ちに出かける。

妻君が出て来て、話をしているところへ、氏が上って来た。

早く妻君が行ってくれればよいがと思っても、妻君がなかなか去らない。

そのうちに、弟という人に紹介されてしまった。

そのうちに蓄音機を出してきて、盛んにやる。

ついに、十時半に帰るまで、話をする機会を失ってしまった。

何だか、いわないでよかったという気持ちで、帰って来た。

六月十三日・・・今日は、白靴をはじめて履いていく。

会社で、皆が見るので変である。

こうした時にも、妙に心が落ち着かない。

A氏は、昨日訪問したせいか、愛想が良い。

先生が「自分から近づいていけばA氏も、けっして不快なことはない」といわれたことを思い出した。

自分は、世人に対して、不快の感を起こさせるのは、私が不道徳かも知れない。

私は常識のないために、こんなことにも判断がつかない。

ほとんど一日中、心持ち悪く暮らしたが、A氏は、割に平気でいた。

※参考文献:対人恐怖の治し方 森田正馬著