二十六歳、会社員。

昭和十年六月六日、初診。

二十一歳頃から、腋臭をきにするようになった。

昨年五月、外科的手術を受ける。

対人恐怖症(自己臭恐怖症)の克服日記六月六日:自分は、会社へ出る前に、毎朝、洋服に香水をかける。

これでいくらか悪臭を消し、人に悪感をおこさせないで済むと思うからである。

電車では、毎日ほとんど腰をかけずに往復する。

立っていれば、自分で、嫌がる人の側からはなれることもできれば、また先方も、嫌ならば歩いて行くことができるからである。

周囲の人々が、鼻をクスンクスンさせると、気がもめて汗をかいてしまう。

会社へ行ってから、私はいつも、時間の始まるまでは、腰をおろさない。

隣席のA氏は、四十二、三歳の人で、私は、この人に気兼ねして、非常に苦しむ。

A氏はまだ来ていないが、この人が来て、私がすぐに立ち上がるのも変だ、と思うから、私は座らないでいる。

A氏は時々、鼻をフンとやって、嘲笑的にわたしを見る。

知らん顔をしているけれども、その実、そのたびごとに、私はカッとして、身体が熱くなる。

午後になって、仕事に飽きてくると、A氏は、机の端の方によって、私の方に背を向けている。

このような態度に出られると、私は、極度に赤面してしまう。

血がズーッと頭に昇っていく。

背中に汗が出てくる。

一時間半ごとに十分の休みがあるが、この時間が来ると、私は、便所に行ったり、茶を飲んだりするために、立って行って、ベルがなるまで席に着かずにいる。このようにして、私は、だんだん圧迫された気持ちになって、話をしたくない。

※参考文献:対人恐怖の治し方 森田正馬著