●人前でどもり字が書けない――吃音恐怖・書痙
”身体的疾患もありうる”
最後に、同じく対人恐怖症の辺縁群である、吃音恐怖・書痙の簡単な説明を加えておく。
対人恐怖症は人前での対人緊張を特徴とする疾患であり、そのために人前でどもったり書く手がふるえるといった訴えをする対人恐怖症患者がいる。
その意味で、吃音や書痙(書字の際に手の緊張とふるえで書字困難となる疾患)に類似した症状が、対人恐怖症にもとづいて生じる例があることは、臨床的にみて疑う余地がない。
しかし、吃音や書痙のみを主訴とする対人恐怖症患者をみてみると、対人緊張で説明しうるとはとうてい思えないのである。
幼児期から重症のどもりが認められるとか、吃音、書痙、チック、痙性斜頸などの運動機能障害が合併している例があり、これらは心の問題というより神経系のなんらかの障害をつよく示唆している。
つまり、ここでは心理的葛藤が主要因である症例から、神経の機能的あるいは器質的疾患が主要因である対人恐怖症例まで、広範囲のものが含まれていると考えられるのである。
その類型学的位置づけを図1のようにとらえることにしている。
【図1】
すなわち、対人恐怖症状に随伴してみられるものは対人恐怖症の中核群に入れる。
吃音や書字の際の震えが主訴であってもその程度は軽く、対人緊張が背景にあっても中核的症状はみられず、人前という状況でそれらの対人恐怖症状のみが出現するものは、吃音恐怖、書字恐怖と名づけて対人恐怖症の辺縁群に含める。
それ以外は吃音・書痙に入るものとする。
最後のグループにおいては、まだ仮説でしかないが神経の機能的あるいは器質的疾患である可能性がかなり高いと考えられる。
神経疾患、つまりは身体疾患との移行を考える理由は、対人恐怖症であっても身体に規定される面が皆無ではないと考えるからである。
この点は対人恐怖症治療にあたって重要なことがらである。
対人恐怖症者のなかには、発汗、震えなど、自律神経系の過敏傾向を示す例がたまにみられる。
それまでも心理的な原因によるのだとしてしまうと、逆に対人恐怖症患者の葛藤をふかめてしまう危険がある。
なお、吃音恐怖や書字恐怖でも、対人緊張が特殊な症状内容として現れている点は、会食恐怖や排尿困難恐怖とおなじである。
いいかえると、すでに他の辺縁群でも指摘したように、対人緊張ないし対人葛藤と対人恐怖症状内容との若干の乖離が認められるのである。
※参考文献:対人恐怖 内沼幸雄著