“迫害される迫害者”

ただ人並みに正視できる人間になりたいと思っただけなのが、どうして相手を見返す加害者になるのかという問題に、示唆的な答えを示しておこう。

精神医学には「迫害される迫害者」という、まことに興味深い概念があるが、それは迫害される被害者が自分でも気づかぬうちに加害者に転化する現象をいう。
この「迫害される迫害者現象は、小は損害賠償事件から大は国家的な規模で、私たちの周辺に数多く認められる。
フランス革命も「迫害される迫害者」現象の側面なしとはいいがたい。
この現象の基底には、弱者の意識のうちにしばしばひそむニーチェのいうルサンチマンがある。

みずから弱い人間だと思い、せめて人並みに正視したいと思っているうちに加害者となる対人恐怖症者にも、同じ現象がはたらいているのだ。

とはいえ、視線恐怖の患者は、みずからのルサンチマンに気付かない人間よりも人間的にははるかにましである。
なぜなら対人恐怖症患者はおのれの加害性を自覚し、深い罪の意識におびえているからである。
<赤面恐怖>段階や<表情恐怖>段階の中軸的特徴が恥辱の意識にあるのに対して、<視線恐怖>段階の中軸を貫いているのは、罪の意識である。
対人恐怖症患者はまことに倫理的な人間なのだ。

※参考文献:対人恐怖 内沼幸雄著