”視線の破壊力”

人の視線を感じる際、その見返す視線に著しい破壊力をおびてくるのが特徴である。<表情恐怖>段階では、たとえば、他人に見られて顔がこわばり、またこわばった顔をさらに変な目でみられて委縮する恥辱的意識、ゆおするに他人の視線の破壊力に威圧される意識が主体であった。

それが<視線恐怖>段階にいたると、自分の視線も他人に対して破壊力を持つようになる。

たとえば患者がでんしゃのなかで前の座席の人を見る。
すると、相手は目をそらしたり、顔をそむけたりする。
そんなことは当たり前ではないか、互いに見合ったら「にらめっこ」になってしまうといいたくなるが、対人恐怖症患者自分のするどい視線のために相手に不快な思いを与えたと、自分の視線の破壊力を確信して深刻に苦悩する。

視線をそらされるだけでなく、自分の視線のために相手の顔がみるみる歪んでくると、思い込む対人恐怖症患者も少なくない。
A男さんも、先生が自分にみられて赤面し顔をこわばらせると確信している。
E子さんも、自分のこわばった顔とするどい目つきで、相手の顔がこわばってくると思い込んでいる。
なかには自分が電車に乗ると、乗客がみなおちつかなくなって降りていくので、自分は化け物ではないかと思い込む者もいる。

この加害的視線には、さらにもう一つの特徴がしばしば認められる。
その特徴とは、視線の破壊力を増大させる視野拡大現象である。その現象を示す患者は、ふつうはぼやけてみえるはずの周辺視野まで鮮やかに見え、あるいはぼやけて見えてもそこに注意がむくために、視野に入った人達が落ち着かなくなると訴える。

よくみられるのが視野の左右が気になる「横恐怖」あるいは「脇見恐怖」といわれるもので、そのために対人恐怖症患者は髪を横にたらしたり、脇が見えない眼鏡を特注したりする。

しかし上方視野を気にする上目恐怖の例や、視線の破壊力が前方二百メートル先まで及び、見られた子どもたちまで恐怖に怯えるので、ついに自分は犯罪者になったと思い込んだ学生の対人恐怖症例もある。
それを考えると、むしろ全視野を含めて破壊的視野拡大現象と一括しておいたほうが適切である。

そのために眼科を受診するものもいるが、視野そのものの拡大ではなく、全視野にわたる破壊力の拡大現象である。

※参考文献:対人恐怖 内沼幸雄著