C男、初診時二十三歳の公務員

八歳の時に親に死なれ、その一年後から継母に育てられた。
家庭が暗かったせいもあって、社会に出てから解放された気持ちで、みんなのため、弱い人の為にと努力した。

性格は内気な面もあるが、どちらかといえば話好きなほうで、職場のクラブ活動などにも積極的に参加した。

対人恐怖症の発病は四年前にさかのぼる。
その頃、旅行中に、たまたま電車の席で隣り合わせになった見知らぬ女性と話しているうちに話題がとぎれ、話につまってしまった。
その時、頭に血がのぼり、どぎまぎしてしまい、恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
それ以来、赤面恐怖となり、人と話す時、どぎまぎして顔がほてるようになった。

その後、症状はますます悪化していき、二年前に、広告を見て赤面恐怖などの治療を行うS学院に週二、三回、約一か月間通った。
同じような患者が大勢いることを知り、一時よくなった。

ところが仲間からいろいろと症状を聞いているうちに「ミイラとりがミイラになってしまった」。
赤面恐怖が治らないばかりか、さらに顔がこわばる、目がつりあがるといった、いままでになかった症状まででてきてしまった。
電車に乗っているときも自分の変な顔が見られているように思え、最近では人との交際もなくなってしまった。
というのは話をしてもなにか人に気まずい思いをさせてしまい、悪い気がして自然自分の方から人を避けるようになったからである。

人と話していると変な顔になってしまい、まともに話題も提供できず、相手を羨んだりして話の中に入っていけない。いまでは気持ちもひねくれてしまった。何をやっても駄目だったので、もうどうでもいいやと捨て鉢な気持ち。
すべてに自信を失った。

生きることにも自信を失った。
毎日外に出れば人に会う。
朝起きるのが苦しい。

この対人恐怖症の症例は、赤面恐怖→表情恐怖へと症状変遷を示した例である。
赤面恐怖は完全には治っていないが、実際には表情恐怖に悩みの比重が移ってきている。
つまり、前段階の背景化が生じつつあるのだ。
しかも視線恐怖にみられる加害恐怖傾向も示しはじめている。

ところで、対人恐怖症の症状変遷に前段階の背景化現象が顕著に加わると、症状変遷自体がはっきりしなくなることもある。
次の患者はそのような例とみることができる。

※参考文献:対人恐怖 内沼幸雄著