“対人恐怖症、中核群の二つの特徴”

(参照)

この対人恐怖症例から容易に見て取れるように、中核群の三つの型はそれぞれ別個のものではなく、相互に関連し合っている。
しかも、次の二つの特徴が示されている。

一つは、時の経過とともに、赤面恐怖→表情恐怖→視線恐怖へと症状の変化が示されていることである。
この変化を対人恐怖症の症状変遷とよぶことにしよう。

このような変遷が見られるとしたら、それぞれの主症状に応じて「赤面恐怖」段階、「表情恐怖」段階、「視線恐怖」段階と名づけることがゆるされるだろう。

A男さんの症状をこまかくみると、「赤面恐怖」段階と「表情恐怖」段階のあいだに、蒼面恐怖が介在している。
赤面より蒼面のほうが恐怖の程度がつよいことは、恐怖で顔面蒼白になるという言葉を思い浮かべれば、あえて説明するまでもなく容易にわかる。

実際、A男さんは他人を見て他人の顔までこわばらせてしまう自分について、ついにジェーキル博士とハイド氏になったかと、愕然としている。

もう一つは前段階の背景化と名付けている現象である。
A男さんは発病時から二十年後に受診した例であるが、初診時すでに赤面恐怖は見られなくなっている。
一般に症状変遷に際して、あとの段階の症状が前景にあらわれると、前の段階の症状は目立たなくなってゆく。
これを対人恐怖症の前段階の背景化現象という。

なぜ背景化というかというと、決して前段階が消失するわけではなく、あくまで次の症状の裏側に潜在化するにすぎないからである。
実際に、A男さんの場合も、対人恐怖症の治療によって後の段階の症状は完全に消失したが、現在とくにこだわらないとはいえ、特定の状況で対人的に緊張する傾向が残されている。
つまり消失したわけではなく、背景化しただけなのだ。

このような対人恐怖症の症状変遷と対人恐怖症の前段階の背景化現象の二点をとりだしてみるだけでも、実際の臨床にみられる多彩な病像の理解に役立つ。

※参考文献:対人恐怖 内沼幸雄著